2006.06.29 Thursday

オヤジのボヤキ4

6月28日
今日はペンネームなのを良い事に ちょっと恥ずかしい話をアップするで。
老人の性についてやけど、若い時は何発でも実弾撃ってたんが 今や空鉄砲も
撃てん。情けないこっちゃ。
同級生でもまだ 現役で活躍してる K○君やS○君 M○君 N○○2君(プライバシー保護のため1を2に変えたり條を○に変えて有ります。)
らの話を 風の便りに聞くとコッチの方でも負けとるやないか 何でやねん。
要は相手を変えなアカンのかも知れへん。しかしやで、頭も禿げ上がり
腹もデップリ こんなオッサンもてへんわな。顔だけ見たら油浮いて 
性欲ギンギン 話したら下ネタばっかり。考えたら上記の君はスタイル良く
年の割りに若こ見える。 あ〜〜同じ人間やのに何でこないちゃうねん。
失敗談やけどバイアグラちゅうやつ飲んでチャンスに供えよと思てたら
目はクラクラ 体中膨満感 しまいに鼻血ダラダラ 「しもた ワシ
心臓の薬飲んでるのやった。」
臨戦態勢 終り  情けないな〜 ショボン。
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2006.06.27 Tuesday

オヤジのボヤキ3

6月26日
今日は京都は朝から雨。梅雨空そのもの。
新聞を見ると凄惨な事件。大学生が殺されたり生き埋めにされたり。
幼稚性だけでは済まない問題が潜在している。親の子供に対しての姿勢
教育環境の問題 倫理感の欠如 など色々あると思う。
ワシの小さいときは よく親にどつかれた。家の表にバケツを持って3時間ほど立たされたことも有った。皆がジロジロ見て通り過ぎる。カッコ悪かった。
小学校でも先生にどつかれた。親に言ったら「お前が悪い」と言って またどつかれた。親は戦前の教育 「一億総火の玉」「撃ちてし止まぬ」「贅沢は敵だ」とか国家総動員の意識の中で生きてきよったさかい カッタルイことは
歯がゆいし、そんな暇は無かったのんかもしれん。そやけどワシらの時は
進駐軍の法律で自由がメインテーマやった。その中で結構青春を楽しんできたが そいつらが親になったら子供をよう縛りつけん。小さいときからその子の人権などを重視するため 考える能力の出来てへん子供は付け上がりよる。
そんな子供が体だけ大きなって、子供産みよる。まさに負の連鎖や。
そんな日本に誰がしよった。他ならぬ我々です。気分悪いな〜〜今日は
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2006.06.24 Saturday

オヤジのボヤキ2

6月23日
昨日の夜は 嫁さん仕事で ワシ ゴルフの練習。
働いてくれる女が沢山いればもっと楽できるのに と思いつつ
高尾の練習場に到着。受付の女の子も顔を覚えていてくれる。
つまらない事にチョッピリ喜びを感じる。
球を打つ前にいつもの呪文 「徳ちゃん 小西 田中○一 倉田 今に見ておれ絶対に勝つからな」お祈りを済ませおもむろに打ち始める。
前の打席に若いのが二人 7番で150ヤードも飛んだと言ってワァワァ騒いでいる。相手に気づかせるよう7番を取り出し一発 渾身の力をボールに乗せ
打つ。球は高々と上がり180ヤード手前に落ちる つぶやくように「当りがちょっと薄いなぁ」。
そんな展開でブチブチぼやきながら100球。前の打席の若いのは静まり返っている。 まだまだ若いもんにはと思いながら帰宅。嫁さんはせっせと仕事
愛い奴じゃ ムフフフ。
おかげで今日は腰が痛くまっすぐ伸びない。ヤッパリ イヤイヤ
どっちやねん。
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2006.06.21 Wednesday

オヤジのボヤキ1

昨日リフォーム屋の鈴村君が来て、「田舎はエェぞー」と散々自慢しまくって
いました。若い時の夢は年を取れば 前は海 後ろは山の風光明媚な所に住み
天気の良い日はニギリ飯を持ってヨットで船出し、釣りなどをして一日を楽しむ。蓄えもソコソコ残し優雅に老後を過ごそう。予定ではもうその様な場所に移住し、都会の連中はアクセク働いているだろうと思いをはせ、釣った魚を酒のあてに囲炉裏の前で一杯飲んでいる。
 ところがぎっちょんちょん 若い時に散々苦労を息子にかけた母親が頼ってくる。息子の所の子供は学費の超高い小学校に受かる。娘は離婚して子供を引き取ってくる。
俺の人生どうなるの?人生のカードは一枚「我慢」エ〜〜 何で俺だけ
一枚なの。
続きはまた
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2005.10.26 Wednesday

同志社中高同窓会会誌30号

同志社中高同窓会の会誌30号が郵送されてきました。「学年だより」にいつもは39年がなくて寂しい思いをしていたのですが、今年は塚本君が「39会の活動報告」をしてくれました。

39会ゴルフコンペ、39会in Tokyo, そして39会メーリングリストについて紹介してくれています。ありがとうございました。
なお今現在これに参加しているメールアドレスは131。1人で個人と会社と両方登録している人もいるので、多少は減ります。

この30号には、歴代校長先生からのメッセージというページがあり、懐かしい浦野信夫先生、上田堅一郎先生、谷川孝造先生、田中久雄先生、そして前田哲男先生のエッセーと写真が出ています。

巻末は小学校の記事。なんとあの北側のグラウンドを全部使った配置計画なんですね。
チャペルも中庭にあると出ていますが、どんなのができるんでしょうね。
谷川先生のお書きになった次の言葉がすばらしいと思います。一部引用させていただきます:

『岩倉の地で育つ小中高の生徒が、それぞれの入学式後に、彰栄館の鐘を聞き、
チャペルで礼拝をするという体験をぜひ持ってほしいと願っています。
エノキやクロガネモチの大木も若者たちを見守り育んでくれると信じています。』

今出川の同志社中学はこれからも巡礼として訪ねる場所だと思います。それがいいですよね。
建築と場所の記憶。これがかけがえがない。

この号はわかりやすく、親しみやすい編集でした。塚本君、よい原稿をありがとう。

2005.10.26 Wednesday

カレソンの作詞は建築家ヴォーリーズ

同志社カレッジソングと同じメロディーがどこかから聞こえて来たこと、ありますよね。
あれ?と思ったことがあります。どの状景だったかは覚えてませんが、、、。
これに関係ある話がマキノ君のメルマガに出ていました。これは知らんかった。

 「カサブランカ」の中では、ラズローの愛国心に触発されたフランス人たちによって
歌われる「ラ・マルセイエーズ」によって、この曲が打ち負かされるシーンが、妙に悔しい。

紹介してくれていたグリークラブのリンクを見てみました。
http://www.donet.gr.jp/~gleeclub/column.html

-其の弐- 「同志社カレッジソング(Doshisha College Song)」
同志社グリークラブの演奏会の冒頭でかならず歌われるのが、この曲です。
この曲はカール・ウィルヘルム(Carl Wilhelm)作曲の「ラインの守り」
(当時のドイツ国歌「Die Wacht am Rhein」)で、それに詩をつけたものです。
 この詩はOne Purposeに詩想の根拠をおいており、その内容は第3節までが「神の
ために」、「同志社のために」、「祖国のために」と詠っているのですが、第4節
には同志社の発展のために不可欠で、同志社が先にたってやるべき「世界同胞のた
めに」という考えが織り込まれています。
 ちなみにこの作詞家であるVoriesは有名な建築家で、我々の同志社大学をはじめ、
関西学院大学など多くの建築を手がけています。数年前に取り壊しで問題となった
滋賀県の豊郷小学校も彼の建築であったことは、小さなトリビアとして部員に語ら
れています。
 またエール大学の校歌にも同じ「ラインの守り」のメロディーが使われています

そういえばどこかから聞こえて来たのは、英語ではなかったかもしれん。ドイツ語やったんやな。メロディーにむりやり英語を合わせてる所がありますよね。英語のメロディーに日本語訳の歌詞をつけたような。

作詞者があの建築家のヴォーリーズとは、ここに書いてあるまで、全く気付きませんでした。
アーモスト館、東華菜館、 大丸ヴィラ、(下村ハウス)などの設計者です。

2005.10.16 Sunday

老年とは


「老年とは、白髪とか顔の皺というものよりは寧ろ、もう立ち遅れだとか、
勝負が済んだとか、舞台がもう次の時代に移ったとかいう感情である。」


「老年の真の不幸は、肉体の衰えではなくて、心が何ものにも動かないことである。
老年期に入って消え失せるものは、力よりは寧ろ行動の意欲である。」           
  
以上 アンドレ・モーロア    
引用:山田風太郎「戦中派焼跡日記、昭和21年10月7日

2004.11.03 Wednesday

死に直面してもなお・・・K.N.

昨日の長岡市での母子三名の救出風景は様々な事を考えさせられた。
ドイツで開発されたという最新の人命探査機「シリウス」・・・
当初の速報では三名共に生体反応があるという。
しかし母親は救出時には既に死亡、、、
可哀相に、生き地獄を体験したんかと涙を誘ったが、
その後の発表では即死状態であったとのこと。
では、シリウスの生体反応はなんやったんや?
機械の誤作動なのか、使う側の不馴れなのか?
シリウスは全国の政令都市には配備済みらしい。
当然、レスキュー隊はその操作の訓練はしているはず。
その一連の不可解な流れの中で、女の子の生体反応の
判断にも自信がないのか、それとも男の子が生きていたという現実の中で
救出続行を余儀なくされているのか?
女の子の死体を掘り出すために20名からのレスキュー隊員が
二次災害で全員死亡する危険を冒す必要があるんやろか?
世界の最新鋭機「シリウス」の初めての災害使用という
歴史的作業の中で、如何にも人間らしいモタモタが皮肉やなぁ〜
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2004.08.09 Monday

山本八重

昨日7/29の日経夕刊トップの下の広告に、「リンボウ先生のオー人事録」というエッセーがあり、そこに新島Joe(漢字が変換できない)の妻になった山本八重の事が出ていました。

チャペルでよく山本覚馬という名前が出てきたのを記憶してましたが、この人の妹が八重で、会津藩屈指の男勝りの鉄砲の名手で、会津落城のときには大砲の指揮をまかされて奮戦。
兄が京に存命で岩倉卿に重用されたと聞き京に上ったあと、新島Joeと再婚。没後も日清日露戦争に看護婦として従軍した。など興味深い記事でした。

2004.07.21 Wednesday

Sinner Joe's命名の由来その2

私が直接ダルマの兄さんから聞いた話です。

立教大学は     Saint Paul University 
桃山学院大学は  Saint Andrews University
等とキリスト教系の学校は、かっこいい英名があるのに、
同志社は、たんに Doshisha Universityなので、自分達で勝手に付けようではないかとなり。
同志社は、新島襄につきる。とは言うものの、勝手に聖者にする訳にはいかない。
そこで、Saintの対抗として、人間JOE  旧約聖書にいう、アダムが犯した罪、人間は原罪を背負っている訳だから、Sinner Joeとなったのです。(主の祈りの中で、我等の罪をゆるしたまえ、とある)

と言う訳で、Sinner Joe'sとは、同志社人をさす隠語なのです。実に、誇らしげなウイットに富んでいる名前だと思いませんか。

かしわんTakeo
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