2004.06.30 Wednesday

阪脇画伯祝賀会第3弾

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2004.06.30 Wednesday

阪脇画伯祝賀会第2弾

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2004.06.30 Wednesday

2004年6月23日阪脇画伯祝賀会写真第一弾

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2004.06.29 Tuesday

阪脇画伯の写真

おまたせしました。野村君の入魂のコメントと写真が届きました。

>6月23日に行われた祝賀会の写真の 第一弾です。適当にアップしてください。
>まだあと20枚ほどあります。

2004.06.16 Wednesday

運転も人生も・・・ K.N.

若い頃の傍若無人、悪行三昧の結果、、、(^_^;)
俺は一度だけ19歳の時に被告になって裁判を受けたことがある。

交通違反が度重なり、今のように点数制度ではなくて
自動的に免許取り消しになることもなく、
それでも成人ならば免許取り消しになるケースであったが、
今も変わらぬ未成年には甘い日本のこと・・・
免停だけで済んでいたし、勿論免停中も(気をつけて^^)運転していた。

しかし流石にそれも限度があり、遂には家庭裁判所から出頭命令がきてしまった。

で・・裁判官一人と書記、俺と俺の保護者(亡父)だけのミニ法廷・・・
罪状認否があり、俺は情状酌量を期待しつつ、反省の色と悔悟の念を
全身で精一杯示して、素直に罪を認めたのである。
すぐに判決、主文の読み上げ・・・「被告を金十万円の科料に処す」ときた!
普通車が40万円やった時代やから、10万円は今の貨幣価値なら50万円は下らない。

えらいこっちゃ><と思ってる間、裁判官は判決理由を淡々と・・・
終わったところで恐る恐る聞いた・・・
「あの・・・その10万円を払わへんだらどうなるんですか?」
「成人なら、それに見合った日数の懲役刑。」(ギョッギョッ””(゜o゜) )
「君は未成年やから、四日間の拘束で、
交通安全の教育講習を受ければ罰金は免除される」
「・・・少年鑑別所で??」 「鞍馬寺で三泊四日・・・費用は無料です」

おおっ〜!?タダで三泊四日も鞍馬寺に泊まって、それで許される!?
最高やがなぁ〜\(^o^)/

で・・・参加したのであるが、なにしろ暴走族みたいなチンピラばっかり・・・
俺を含めて約30名。ろくに字も読めんような連中ばかりで
休憩時間には境内の売店に行き、店を出てから皆が菓子パンやジュースをくれる。
えっ?悪いネェ・・・と貰ったけれど、よく考えれば誰もお金を払ってない。
全部、万引きしてきた品物。これはえらいグループに属したもんやと痛感させられたし、
なんでこんなとこへ来る破目になったのかと
情けなく・・・遣る瀬無く・・・じわじわと応えて来た・・・

未成年ばかりであるが、教官は決まった場所での喫煙を許してくれる。
なにしろ鞍馬寺の境内やし、喫煙率100%の未成年グループ・・・
禁煙にしても隠れて吸うのは眼に見えてる。
文化財が焼ければ大変やから・・が理由であるが、おおらかな良き時代でもあった。

昼間は講習、夜にもやはり集会があり、
そこで毎晩歌わされた歌詞とメロディーは今でも不思議と覚えている。

 ♪昨日もらった 運転免許〜彼女に見せたら云われたよ〜
   規則守って 運転してねぇ〜さもなきゃぁ 嫌よドライブは〜♪

最終日には仕上げの試験。100点を取ったのは俺だけで
2番以下の成績は50点未満ばかり・・・
鼻高々でいたら・・・教官に別室へ呼ばれた。

「大学生で此処にきたのはいまだかって、お前だけや。
他の連中はろくに学校へも行ってない不良ばかり・・・
お前の成績の良いのは当たり前で、なんの自慢にもならん。
それより、こんなとこへ来たことを恥じろ!
二度と悪質な交通違反はするなよ・・」と言葉を尽くして懇々と諭して戴いた。

以来、心を入れ替えて安全運転に徹してきた。
長い間には、ウッカリ違反で切符を切られたこともあるけれど、
ほとんど毎日運転をしているが、現在は20年以上「無事故無違反」である。

安全運転だけではない。人生の生き方まで教えられた
あの貴重な体験を与えてくれた裁判官と、
親身になって諭してくれた教官に俺は今でも感謝している。。

この話しには後日談があり・・・
それから数ヵ月後・・・イニシャルを書くだけでも
ああっ!あいつか!と皆さんに知れるので伏せておくが
39会同窓生の某君・・・彼の運転する車に乗せてもらい
「お前の運転は、えらいおとなしくなったなぁ〜」と感心して尋ねた。
某君、曰く・・・「違反ばっかりしてて、こないだ鞍馬山まで講習に行かされてなぁ・・・
同志社大学生で此処へ来たんはお前が二人目じゃぁ!恥を知れ!って、云われたがな・・・」

某君も今では、お父さんの後を継ぎ京都市内で・・・いや詳しくは不味いね^^
時々市内ですれ違うが・・・云うまでもなく、俺も某君もマナー良く、安全運転である。。

2004.06.07 Monday

後ろ指をさす事を躊躇うな--K.N.

日本は法治国家である。
人を殺せば、法に照らして
罰せられる事は子供でも知っている。

しかるに
『なぜ』人を殺してはいけないか?を
知らない大人や子供が増えている。

我が子に
「なぜ人を殺してはいけないの?」と問われて、
即座に断固とした説得力で子供に説明し、
納得させてやれる親がどれだけいるだろうか?
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2004.06.07 Monday

(改行なしversion)後ろ指をさす事を躊躇うな

日本は法治国家である。人を殺せば、法に照らして罰せられる事は子供でも知っている。しかるに『なぜ』人を殺してはいけないか?を知らない大人や子供が増えている。我が子に「なぜ人を殺してはいけないの?」と問われて、即座に断固とした説得力で子供に説明し、納得させてやれる親がどれだけいるだろうか?「法律で禁じられているから・・・」と答えるのか?「それなら完全犯罪で捕まらなければ良いの?」と切り返されたら、どうするのか?答えに窮して、、、「人にされて困ることは、人にもしてはいけない!」「駄目なものは駄目!」などと馬鹿な答えでは子供が納得する筈もなかろう。自分の娘が小遣い欲しさに売春をして、親が驚愕して叱り咎めた時に、「自分も楽しめて、相手も喜んで、誰も困らない。それで、お金が貰えるんやから最高よ!なにがいけないの?」と云われたら、「人にされて困ること・・・云々」は、なんの説得力も持たない。まして、親が哀しみ困ることはしないでくれと頼むような不甲斐ない親では、如何ともし難い。

世間とか社会とかいうものは人と人とが群れ集まって構成している。所詮、人は世間と関わらずには生きられないし、世間の掟に背くことは、人から「後ろ指」をさされる事が必定でなければならない。全ての人間は多かれ少なかれ良心を持っているけれど、平気を装って罪を犯す人が多数居ることも事実である。そんな世間が、より多くの人の幸せの為に守るべき規範としてきたのは「法」ではなく、「道徳」である。

人様から「後ろ指」をさされないようにする事と、そして誰にも少なからずある「良心の満足」を心の支えとしながら人々は生きてきた。それでも罪を犯す不逞の輩には法で裁いてきたのである。だから人は「法」を犯してでも、「道徳」だけは守ろうという性向がある。極端に云えば人を殺してでも世間の人から後ろ指をさされない生き方を選ぶし、世間はそれを許容してくれる。その端的な例が「赤穂浪士」である。その発端の原因は兎も角として、一方的に刀で切り付けられて全く無抵抗であった老人。幕府の片手落ちな処分もその老人には、なんら罪はない。しかし赤穂浪士は政道を批判し、忠義という道徳を守って、老人の屋敷に討ち入りをし、最後まで無抵抗であった老人を有無を言わさず殺してしまう。「法」に照らせば上野介は無罪であり赤穂浪士は明らかに有罪である。だからこそ、死罪になったけれど、世間からは後ろ指をさされずに、長きにわたり人々の賞賛を浴びてきた。これからも賞賛し続けられるであろう。世間とは「法」よりも「道徳」を重んじる社会なのである。

「サカキバラ事件」の犯人を「法」は世間への復帰を認めて、放免したらしい。しかし世間の「道徳」は彼を放免にはしない。「道徳」という掟からして、決して放免してはならないし、彼も彼の両親も世間から後ろ指をさし続けられねばならないのである。 長崎・佐世保の残忍にして常軌を逸した事件でもそうであるが、なぜ両親を引っ張り出して謝罪させないのか?人権擁護という法や大義で守られているのであろう。被害者の顔写真も公表されるし、被害者の親もTV画面に晒されるのに加害者も、その両親も徹底して守られている。 それは解らん訳ではないけれど、それでは残忍な事件の抑止力に為り得ない。もしも自分が凶悪な事件を引き起こせば自分の親達もこんなに惨めな辱めを受けるのかと犯罪予備軍の子供達に知らしめるべきである。それでこそ再発防止に繋がるのである。

人が人を殺してはならないのは、売春してはならないのは、盗んではならないのは、、、「道徳」という世間の掟を守り、世間から「後ろ指」をさされない為である。「道徳」の教育を、きちんとせずに世間がお互いを無関心に生きて、人権擁護の理由から後ろ指をさす行為が悪のような錯覚の世相の中でおぞましくも残忍凶暴な類いの情報氾濫時代に人を殺しても平気な子供が培養され続けている。「道徳」の教育をしっかりと子供にほどこし、「道徳」に違反する人には世間は遠慮せずに後ろ指をさせば良いのである。「道徳教育」などは古臭いなどと血迷った戯言は勘弁してもらいたい。「道徳」は古いに決まっているし、「道徳」の新発明など有ろうはずが無い。「道徳」はいつの世でも世間を正しく守るための普遍の掟である。その掟を、きちんと教えることもせずに、後ろ指をさす事すら躊躇っている世間で凶悪な事件が起こるたびに「なんと酷い事を・・・」と茫然としていてもなんの解決にもならないのである。。
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