2006.07.27 Thursday

オヤジのボヤキ6

この所ヤボ用で忙しくボヤク暇が無かったのですっかりご無沙汰しちまった。
昨日(7月26日)夕方のニュースを見ていて むかっ腹が立ったので
またぼやきが始まりそう。内容は景気の回復と一般人の意識の調査だったが、
企業は景気回復が顕著で明らかに良くなっているとの認識で、有効求人倍率も
上昇しているとの事だが、オットどっこい内容は正社員が40% あとは
非正社員(パート 派遣)で継続雇用と給与のアップは望めない人ばかり。
どこかのバカ大臣は少子化対策で出産費を増額至急などと頓珍漢なことを
ほざいているが、家庭を持てない 子供を産めない現状に ほっかむりして
何をぬかすか。
企業も人件費の削減だけで黒字を出すだけなら、そんな経営は役人でも出来る
経営理念なんてサラリーマン社長に望むほうが間違っているのか。
我々が大学時代 学園闘争真っ盛り あの尖がっていた正義感は時代とともに
抜け落ちたのか。
ワシらももう一回尖がって国のため 社会のため 子孫のために何かせんならんのと ちゃうやろか?
みんなどう思う?

2006.07.05 Wednesday

「ぼく」「きみ」は幼児語

あるところに大人が「ぼく」「きみ」を使っているのを聞くと背筋が寒くなると出ていました。
東京下町ではこれは幼児語で、いい大人は普通は同窓会や子供の時の友達以外には使わない。大人の中で自分のことを「ぼく」なんていうと急に子供扱いされる。「わたし」と「あなた」というのが正しい大人の言い方。くだけると「おれ」「おまえ」という。

東京住まいが京都よりもはるかに長くなった私でも、こうはっきり書かれてみて初めてそうだとわかりました。山の手(ノテ)の言葉はなにやら変だと感じていました。江戸からのことばではなく、あとから作った言葉あるいは共通語なのでしょう。正式の時には「わたし」では足りない。「わたくし」と言えという。侍ことばみたいです。「拙者」みたいな。

京都では「ぼく」「きみ」はそんなに違和感なく使ってました。背筋が寒くなるとは感じなかった。「おれ」「おまえ」はかえって子供の言葉遣いか、相当親しい間柄だけのように思います。
京都は昔から人が入り乱れて住み込み、お国ことばやお国なまりはあたりまえで、全部消化して取り込んできたのかもしれません。一方で東京はいまだに薩長が作ったノテ文化と、古くからの将軍さまのお膝元の下町文化が交じり合わないところがある。許せないというところが多いようです。

2006.07.05 Wednesday

38会

"京都会38電子掲示板"でここを紹介いただきました。
38会の掲示板は、特に「かけあい」が絶妙で、とてもまねのできないレベルです。

2006.07.03 Monday

アレゲ

「アレゲに」というのもあります。
これは意味不明。困ったものですね。これは聞いても読んでもわからないでしょう。
どなたか?

2006.07.03 Monday

「60歳おめでとう!39会」ご案内

同志社中高同窓会39会
                          会長

京都市内は今、修学旅行生であふれかえっています。
「コンチキチン・コンチキチン」祇園祭の囃子の音が町に流れると、7月17日
祇園祭のクライマックス“動く美術館”の山鉾巡行が待ち遠しくなります。
中・高卒業から、39会に、皆出席の方から一度も顔を出していない
皆さんまで、是非、今回全員で還暦を祝いませんか!
そして9月30日を39会最高のイベントにしましょう!

日 時:平成18年9月30日(土)   受付 PM6:00   開宴 PM6:30
場 所:ホテルグランヴィア京都(JR京都駅ビル内) TEL 075-344-8888(大代表)
会 費:¥12,000

当日は、「スライドショー」と「文化祭ごっこ」と「還暦記念写真」を予定し
ています。

neko_kanreki
画像出典:http://image.www.rakuten.co.jp/hinoki/img1037893739.jpeg
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2006.07.03 Monday

オヤジのボヤキ5

7月3日
今日はボヤキと違て さる同級生 O槻君のお話をさせて下さい。

と言うのは以前ゴルフの39会でお目にかかったときは誰か判らず
「あれは誰?」と聞くと 「O槻やんけー」(誰の口調か分かりますよね)
確か中学の時に一緒のクラスになった覚えがあります。

その後39会メールに登場されております。
リフォーム屋のS村君から聞いた話です。
koichi「すず O槻君てもう早期退職しよったんか。」
koichi「ええな ワシなんてこの年でまだ現役張らんならん。」
koichi「同級生はみんな定年後は安楽な生活しよるのやろな。」
S村「何言うてんね。O槻は親を看取るために仕事止めよったんや。
ワシがO槻の家へ行った時 まだお飾りがしてあって、本人が間に合ったと言うてたわ。えらい奴っちゃろ。」
その話を聞いて、おもわず涙がこぼれそうになった。
親は自分の死線 苦線を踏み越えて子供に前に突き進んで欲しい。
自分は子孫の踏み石でよい。
でも 年老いて自分の生命の期限がそこに見えた時 愛する子供と昔を語り
お互いに感謝し合い 死後の段取りまで話し合えたら人生の終焉を迎えるにあたり何の悔いも無く安らかに旅立てると思います。
それが出来たO槻君 立派 エライ 人間の鑑
それが出来ひんかったワシはまた惨めな気持ちになってしもた。

お父ちゃん ゴメン ワシがO槻君みたいやったら最後の親孝行して上げられたのに。本当にゴメン。
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