2006.12.24 Sunday

クリスマスおめでとう!!

2006.10.30 Monday

夢の話

今日は暇なので(昨日10月29日の日曜日は仕事だった)naokiちゃんからのコメントに付いてお話します。

 話の発端は さる取引先が来て「野村はん もう我々の仕事も終りやな 
呉服全体のイメージも悪いし、染め出し反数もかなり落ちるでー」「年金も減らされるし老後の生活どころか老後までたどり着けへんで」確かに不況業種の最先端を行く呉服は大変で将来の展望は描きにくくなっています。
しかしながら、完全に消滅するものでも有りません。観点を切り替え暇つぶしで仕事をこなせたら、収入と支出のバランスはどうなるのか と言う事を
楽観的に計算したところ 食費は自家栽培の野菜 米は近所の農家で 光熱費は老後を考えてオール電化にして水道は井戸水 約20万で人数8名が食べるだけなら賄えます。老人夫婦四所帯 一所帯当り5万円で食べられる訳です。
今話が進んでいるところは滋賀県で近江商人発祥の地 地坪120坪 家屋は二階建てで 各階にトイレが二つづつの計四ヶ所あり、DKは一七畳 各部屋は干渉しにくく作ってあります。競売物件で業者が落札し、あとは立ち退き費用の上乗せ金額がいくらになるかだけです。競売にかけられた理由はもともと住んでいる両親が子供と同居しようと増築されて前記のような間取りになっているようです。しかしながら同居出来ず、ローンの支払いも出来ずに競売になってしまったようです。
リフォーム屋の鈴村君にも外から見てもらいましたが、古民家風に改装しやすく車も沢山止められるのでこれが手に入れば言う事なしです。
DKは囲炉裏を切ってその周りがケヤキで 足を落とせるよう改装します。
各部屋は床暖房で バリヤフリー 足腰が利かなくなってからの生活動線を考えて改装し 気の有った仲間との合同生活を始めたいと思います。
土地家屋の所有は私 それに伴う税金 管理費用は当然のことながら所有者に帰します。 各所帯の分担は毎月の生活部分のみの5万円。食事は全所帯一緒
一週間 月曜日から木曜日まで京都で仕事をして、金 土 日は田舎で
畑を耕す。特に金曜日はゴルフ場がビジターでも格安なので四所帯の男どもと
ゴルフ三昧 
こんな生活を夢見ています。実現すれば泊りがけでパーティーでも開きたいものです。(同伴で)夫婦に決まってます。
実現できれば最良の人生 出来なければうたかた。



 

2006.10.30 Monday

今日はぼやかず

コメントを沢山頂き誠に有難う御座います。
日々はぼやくネタが多すぎますが、今日は先日の39会還暦同窓会に寄せて
書かせて頂きます。
 高校出てから42年 歳月は人々に多くの試練と喜びを与えてきました。
それなりに年相応に見える人 年を取る事を忘れている様な若く見える人
地味な人 華麗な人 様々な人が百何十人集いました。
私が同窓会に参加するのは 心の中にちょっぴり不純な思いがあるからです。
学校時分片思いですが、好きな人が何人かいました。それらの人が参加されているかなと気になります。今みたいに世の芥にまみれ、染み付いているのなら
お持ち帰りして楽しみたいと不埒な事を思いますが、その当時はその人を見かけただけで胸はドキドキ目は虚ろ。純な時代が私にもあったのです。
 その会場に出かけると その人もお見えになっておりました。
宴たけなわにもかかわらず、その方の席の近くへも行けず アカンタレやな
59歳にもなって似合わんやろ。やっと帰り際にその方の傍に行き
「誰か判る?」「ご近所さんやったのに」その方が思い出しやすいように
さりげなくヒントを出して何とか思い出してもらおうと。「誰か分からへん」
と言われればショックなので。片思いは辛い。ほんの何十秒の会話だけど
至福の時。「あぁ良かった でも昔 貴女に思いを寄せていて眠りにつけない
夜が幾度となくあったと一言告白したかった。」と言う思いを胸に帰って来ました。言わなくて良かった。言えば私はすっきりするだろうけど、言われた方は迷惑だろうし、まして笑い飛ばされればこんな私でも傷つきます。
同窓会はくたびれます。

早く田舎暮らしを始めて晴耕雨読 世捨て人になりたい。
詳細は次号にて。

2006.10.12 Thursday

祝!ぼやき再開。スパム

koichi君のぼやき再開。楽しみです。まってまっせ。

トラックバックスパムにやられはじめました。
英語は全部拒否設定してますが、日本語のが。
左のコメント欄の下のトラックバック欄に怪しい言葉が載っていても絶対にクリックしないで下さい。(ないときには欄が表示されません。)ウイルスやスパイウエアの塊ですから。
見つけ次第削除していますが、タイムラグが出ることもあるので。

2006.10.11 Wednesday

おやじのボヤキ7

長い事 引越しの準備や 移転先の準備でご無沙汰していました。
150年ほど続いた家の整理にこんな時間がかかるとは思っても
いませんでした。場所は上七軒、先祖はお茶屋を営んで財を成したそうです。
一度も開けた事の無い押入れからはお客様をもてなす茶碗や茶托、
ケヤキのタバコ盆 色紙 短冊など山ほど出てきました。
お宝と言うには日常的過ぎて、かと言って今求めるには高すぎる物ばかりです。そのほかデパートの包装紙 ヒモ 折箱など私達はすぐにでも捨てる様な物もきちんと折り畳み、すぐ使えるように整理してありました。
先人と私の意識の差 たった100年ほどの年月で日本という国は資源が欠しいにもかかわらず大量消費の国になってしまったのでしょうか。
そのジレンマに落ち入りながらも山のように捨てました。
ほこりだらけの中 お仏壇のご精念を抜いてもらうためお坊さんに来てもらい
ご位牌だけを持って出ようと思っていたら、御坊いわく「ご立派なご仏壇ですな。もう今はこんなリッパなもの造れしませんで。」それを聞き、置いて行けずに荷物の中に。結局移動の荷物も山盛りに。
すべて田舎の家に引越しした暁には贅沢にそれらの道具を日々に使おうと
マンション一室荷物置き場 仮住まいのマンション一部屋 変な無駄遣い。
合理的に生きられず さりとて無駄を楽しむゆとりも無く中途半端な人生。
団塊の世代の苦悩はこれから始まるのです。
だれか助けて。

2006.07.27 Thursday

オヤジのボヤキ6

この所ヤボ用で忙しくボヤク暇が無かったのですっかりご無沙汰しちまった。
昨日(7月26日)夕方のニュースを見ていて むかっ腹が立ったので
またぼやきが始まりそう。内容は景気の回復と一般人の意識の調査だったが、
企業は景気回復が顕著で明らかに良くなっているとの認識で、有効求人倍率も
上昇しているとの事だが、オットどっこい内容は正社員が40% あとは
非正社員(パート 派遣)で継続雇用と給与のアップは望めない人ばかり。
どこかのバカ大臣は少子化対策で出産費を増額至急などと頓珍漢なことを
ほざいているが、家庭を持てない 子供を産めない現状に ほっかむりして
何をぬかすか。
企業も人件費の削減だけで黒字を出すだけなら、そんな経営は役人でも出来る
経営理念なんてサラリーマン社長に望むほうが間違っているのか。
我々が大学時代 学園闘争真っ盛り あの尖がっていた正義感は時代とともに
抜け落ちたのか。
ワシらももう一回尖がって国のため 社会のため 子孫のために何かせんならんのと ちゃうやろか?
みんなどう思う?

2006.07.05 Wednesday

「ぼく」「きみ」は幼児語

あるところに大人が「ぼく」「きみ」を使っているのを聞くと背筋が寒くなると出ていました。
東京下町ではこれは幼児語で、いい大人は普通は同窓会や子供の時の友達以外には使わない。大人の中で自分のことを「ぼく」なんていうと急に子供扱いされる。「わたし」と「あなた」というのが正しい大人の言い方。くだけると「おれ」「おまえ」という。

東京住まいが京都よりもはるかに長くなった私でも、こうはっきり書かれてみて初めてそうだとわかりました。山の手(ノテ)の言葉はなにやら変だと感じていました。江戸からのことばではなく、あとから作った言葉あるいは共通語なのでしょう。正式の時には「わたし」では足りない。「わたくし」と言えという。侍ことばみたいです。「拙者」みたいな。

京都では「ぼく」「きみ」はそんなに違和感なく使ってました。背筋が寒くなるとは感じなかった。「おれ」「おまえ」はかえって子供の言葉遣いか、相当親しい間柄だけのように思います。
京都は昔から人が入り乱れて住み込み、お国ことばやお国なまりはあたりまえで、全部消化して取り込んできたのかもしれません。一方で東京はいまだに薩長が作ったノテ文化と、古くからの将軍さまのお膝元の下町文化が交じり合わないところがある。許せないというところが多いようです。

2006.07.03 Monday

アレゲ

「アレゲに」というのもあります。
これは意味不明。困ったものですね。これは聞いても読んでもわからないでしょう。
どなたか?

2006.07.03 Monday

オヤジのボヤキ5

7月3日
今日はボヤキと違て さる同級生 O槻君のお話をさせて下さい。

と言うのは以前ゴルフの39会でお目にかかったときは誰か判らず
「あれは誰?」と聞くと 「O槻やんけー」(誰の口調か分かりますよね)
確か中学の時に一緒のクラスになった覚えがあります。

その後39会メールに登場されております。
リフォーム屋のS村君から聞いた話です。
koichi「すず O槻君てもう早期退職しよったんか。」
koichi「ええな ワシなんてこの年でまだ現役張らんならん。」
koichi「同級生はみんな定年後は安楽な生活しよるのやろな。」
S村「何言うてんね。O槻は親を看取るために仕事止めよったんや。
ワシがO槻の家へ行った時 まだお飾りがしてあって、本人が間に合ったと言うてたわ。えらい奴っちゃろ。」
その話を聞いて、おもわず涙がこぼれそうになった。
親は自分の死線 苦線を踏み越えて子供に前に突き進んで欲しい。
自分は子孫の踏み石でよい。
でも 年老いて自分の生命の期限がそこに見えた時 愛する子供と昔を語り
お互いに感謝し合い 死後の段取りまで話し合えたら人生の終焉を迎えるにあたり何の悔いも無く安らかに旅立てると思います。
それが出来たO槻君 立派 エライ 人間の鑑
それが出来ひんかったワシはまた惨めな気持ちになってしもた。

お父ちゃん ゴメン ワシがO槻君みたいやったら最後の親孝行して上げられたのに。本当にゴメン。

2006.06.30 Friday

「お疲れさま」と「なにげに」

今日は楽しみにしているkoichi君のボヤキがないので、合間に入れさせてもらいます。
これもボヤキのひとつといえば言える。「お疲れさま」と「なにげに」について。

最近若い人だけでなく、仕事している人はいやおうなしに「お疲れさま」を使わねばならないことがあります。これは本来目下の人にかける言葉だったはずが、近ごろは同じ会社や同じ環境で働く人たちの間で、目上や目下の関係なく使われるようになっています。
これがどうもしっくりきません。なんで若い人からお疲れといわれなければならんのじゃ?とへそがまがってしまいます。
仲間のいたわりのことばとして使っているんだな、と理解はできるのですが、どうもあきまへん。メールでこれを挨拶として読ませられると必ずムカっとします。

なにげに」。これはもっと変。
何気なく、という意味のことを言いたいときに若い人はこれを使うらしい。そういう意味なのかそうでないのかもよくわからん。口に出すだけでなく、文章でも。ウェブにある文でこれを読むと、一日気分が優れません。

「さりげに」というのも出て来たらしい。もっともっとおかしい。

日本語はどんどんかわりつつある。それはやむをえない。しかし少し前までの使い方と意味はこうだったんだと伝えて行くことも、われわれの役目なのだろうと思います。
<< 2/9 >>